「人は記憶でできていると思っていた。」から改題しました。
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へーちゃんのとこにレイの「年金特別便」がきた。
前にへーちゃん自身の分が来て、これは私がポストでキャッチ成功。
今回は遺族年金の分で、へーちゃんの手中に収まってしまった。

そして「全く内容が違う」と怒っているのです‥‥。
わかるの??
‥‥よく話を聞くと「じーじの分が間違って自分のところに来ている、じーじはもう死んだのに」
さらに「電話かけて聞いてみるわっっ!!!」と鼻息が荒い。
「いや、その遺族年金、へーちゃんもらってますよ」
「もらってるわけ無いじゃないのっっ!!!」
「いや、もらってるんです。
その手続き、私がしたんだからよく知ってます、何も間違ってませんよ。」
「なに言ってんの、私は14から働いてねえ!自分の分を立派にもらってますよ!!
何で遺族年金なんかもらわなくちゃいけないのっっ」
「その方がちょっと増えたんで‥‥。(やっぱ忘れてるか、無理も無い)」
「増えてなんかいないわよっっ全然足りないわよっっっ家賃払ったら何にも残らないじゃないっっ」

ここらへんでわたくしは「はいはいはいはい、そんじゃね、へーちゃん、またね~~~」となんとなく撤収、フェードアウト。
追い詰めない、やり込めない、流す流す。

家賃払ったら何にも残らない?そんなこたーありません、光熱費も食費もみんなあなたは自分で立派に賄ってますよー。
そこんとこ、ほんとに立派です。なかなか皆さんあなたのようには年金もらえてないと思います。基本的生活には差しさわりの無い充分な額を頂戴してますよ、うらやましい。
パチスロに通うには確かに足りないかもしれないですけどね!

ドアを開けて出て行く私の背中にへーちゃんがまだ「電話かけて聞いてみるからいいわよっっ!!!」

きゃーーやめてください~~~
事態が混乱します~~~あなたは電話口ではとってもまともそうに話すんです~~~
とはおくびにも出さず
いま、回収の機会を伺っているところです。
できたらなるべく早くいつものように忘れて欲しい。
でもこと年金の話となると、へーちゃん関心が高いからなあ。

郵便局に転送届、出しちゃおうかな‥‥。

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【2008/05/26 09:48】 | ’08.4.10以降
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No title
ree
ばばは無年金なので、じじのぶんだけ。

ウチはポストに鍵をかけ(いま、郵便物盗んで悪さするヒト多いんだって~とか言って)、じじばばあての役所関係の書類はすべてダンナ宛にしてくれるよう、頼みました。支払い用紙全部しまいこむし、督促状もしまいこむしで、最初閉口させられました・・。まだらのときが一番大変ですよね。本人のプライドも十分高くって!

ウチも‥‥
へざーアイス
鍵を見繕ってきました。(これはウチの分:ウチのポストの郵便物も持ってっちゃうことがあるんですよ~)
ばばの分は、そうか関係各所に頼めばいいんですね。
そしてやっぱり郵便局にも行こうっと。ああこれでいくらかストレスが減ります。

プライドかあ。おっしゃるとおりです、まったく。
大事にしたげたいような、えらく邪魔のような、です。

だいたいプライドがあるならbokerunaと言いたいんですが。

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へーちゃんが住んでいるのは
ありとあらゆる種類の紙の山、海、沼の中。

小さいのから大きいのから手書き、印刷、古くても新しくてもメモでもなんでも、
自分に関係があろうが無かろうがとにかくあらゆる種類の「紙」を溜め込んでいる。

この前も
とあるスケジュール表を
「これはいるものだからここへおいておくの」とテーブルの上に出していた。

え-と。
「へーちゃん、これはもういらないと思う」
「ええ?!」
「ほら、去年の、じーじのところに来てた往診の予定だもん。
あると間違えやすいから、捨てましょうか?」
「?!?!‥‥あら、そう‥‥そうねえ‥‥
でも、捨てないで。私はこういうものは全部とっておくのよ(きっぱり)」
そうですか‥‥

とっておくんですよ。
ありとあらゆる引き出し、棚、空き箱、空き缶、空き袋の中にありとあらゆる”紙”が詰め込まれていて
もう、カオス!これぞカオス!
何かを探そうとして出てきたことは一度としてない。
何かを探しているようなそぶり、気配はへーちゃんの前では厳禁で
悟られたら最後「あら、それならどこかにあったわよ」って探し始めてしまう。
たとえ食事中でも、食事をほったらかしにして、食事していたことも忘れて没頭する‥‥
‥‥んだけど、じきに、「探している」事も忘れて、偶然出てきたものに魅入られて捕らわれてしまう。
あら、写真だわ‥‥こんな葉書が‥‥この人の孫は確か‥‥‥請求書よ‥‥私払ったのかしら‥‥。

まるで引越しや大掃除のときの私じゃんね。ははは。
自分でも困ったなと思いつつ楽しいんだよね。
私も捨てられない女でねえ‥‥
自分はそうなくせに、へーちゃんには「捨てればいいのに!!もうっっ」と思ってました。
でもね、いらいらするのやめたんです。

認知症の症状にコレクション癖というのがあるそうで
これも明らかにその類だとは思うんだけど。

へーちゃんは自分の記憶が危ういことに相当気がついてる(事もある)。
だから、外部記憶媒体が欲しいんじゃないかな?
この紙の山、海、沼はへーちゃんの脳みそなんだよ、きっと。

へーちゃんがそうしたいならもう何でもいいよ。何でも好きなだけ取っといてくれ~~~~
踏んで転びさえしなければ~~~~


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【2008/05/25 09:22】 | ’08.4.10以降
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悟りましたね(笑)
コッコ
>でもね、いらいらするのやめたんです。
そうでうよね。認知症のばばちゃんに何かを求めるよりも、こちらが気持ちを切り替えた方が効果的なような気がします、私も。

我が家のばぁばも「私の病気は、すぐ忘れちゃうことなんだよね~」と一度だけ、私に言ったことがありますよ。
本人もふっと正常な自分に戻った時には、自覚してるんですよね。






そうなんですよ!
へざーアイス
>本人もふっと正常な自分に戻った時には、自覚してるんですよね。

そういう瞬間てあるんですよねー!
かえって本人に残酷というか
それとも救いなのかわかりませんけれども……。

悟ったなんて、そんなリッパなもんでなくe-263
いらいらすることに疲れたというか、楽なほうを取ったというか……
(状況変化はまず自分からというのは
介護に限らずすべての局面で言えることですもんねー)

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デイサービスでお世話になっている職員の方に
へーちゃんの様子を聞く機会があった。
「よく傍らの方とお話してますよ‥‥
時々感情的になっちゃいますけど‥‥」
んん?
‥たとえば先日、隣の人がその施設の新聞を読んでいたら、
自分が家から持ってきたんだから返して!ってけんかになっちゃったそうだ。

「うわあ、お世話かけてますね、すみません!」等々と返しつつ
内心何を思っていたかというと。

以前介護生活の先輩に
「ばばにいろいろ勧めてみても、ほっといて!って怒られちゃうんですよね‥‥」
とこぼした時に言ってもらった
「あら、怒るのも脳にはいい刺激なのよ!感情が動くって大切よ~」という言葉。

いやあ、ほんとにヘルパーの方々にはお世話かけてますが
すみません、許してください。
「嫌」とか「返して」とか言う主張でも
へーちゃんの感情の発露、自己表現と思えて
なんだかちょっと「やるなあ」みたいな、面白がってるような私。

あまりエスカレートするとそりゃほかの利用者の方々に迷惑だけど
まだどってことないし(と、家族は思いたいのかな?)
‥‥ものすごくキイキイ言っちゃったかな‥‥どうなんだろう?
(そりゃできるなら、全く違う局面で
楽しげにいきいきして欲しいのはやまやまだけど)

とりあえずともかく、そのときのお相手の方、ごめんなさい~~。

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【2008/05/24 14:34】 | ’08.4.10以降
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へーちゃん
何か熱中して作業中。
アフリカ風彫像と格闘している。
ぽっきり途中から折れているのをつないでいたセロテープ(!)が
劣化しちゃって再びぽっきり。

なんとかくっつけたくて工夫して熱中しているなんて
よろしいんじゃないでしょうか。

でもさ、へーちゃん
ご、ご、ごはんつぶじゃ、無理かな~

折れ目を覗き込むと
あらま、これ、木じゃなくてプラスチックだ。なおさらだ。
「さっきくっついたのよー」
んーそーですかー。
強力なやつ持ってきますよ。

たいていは紙切れ(ハガキ、レシート、リーフレットetc.‥‥)を
眺めて仕分けをしようとしていることが多いので
ちょっと新鮮でしたの。

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【2008/05/21 09:27】 | ’08.4.10以降
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No title
コッコ
へーちゃん、紙切れの仕分けがお好きなんですね。
我が家のばぁばは、な~んにもしないで、TVをつけっぱなしで昼寝をするのがお好きです。
じぃじの病院へ午前中行く、3食&おやつ食べる&昼寝。。。それだけがばぁばの日課。。。こんなんでいいんでしょうか。
よくないとは、わかっていても、まだ同居3ヶ月の私には、あまり言いたいことも言えなくて・・・。

No title
へざーアイス
へーちゃんだって
>な~んにもしないで、TVをつけっぱなしで昼寝をするのがお好きです
よ~大好きですよ~~。
昼夜逆転しそうなときは寝てるのに気がつかない振りして大声で話しかけちゃいますけど‥。
毎日毎日変化無くて退屈しないのかな~認知症進んじゃうよ~と私も思いますよーー!
と、保健士さんに話したことがあるのですが
「そうですけど、同じ日常に落ち着きや安心を感じているのかもしれませんしねえ」ですって‥‥。
すごい修行を成し遂げた高僧が「結局人生ってのはくるくるくるくる同じことを繰り返して一日が終わっていく、毎日毎日おんなじですよ」とお話されていると読んだりして
この過ごし方にもいい面があるのだろう、と思わないでもない、ような‥‥です。


No title
ree
やっぱ何かしてて欲しいと思いませんか?

我が家はじじまでも食っちゃあ寝食っちゃあ寝・・・してます。ゆえにメタボです。
じじが寝たきりになった暁には絶対に世話できないでしょうね。ああ、恐ろしい・・・

でも年老いてから趣味なんてできないのよ~今からソーユーの探しとかないと~

・・・と、すぐ自分の将来を心配する私なのでした。


へざーアイス
>でも年老いてから趣味なんてできないのよ~今からソーユーの探しとかないと~

まっっっったくその通り!
こっっっっっころからそう思います!!
いっしょうけんめい遊んで(?)いっぱい人と交流しとかないと!
と、私自身はますます趣味の世界に没頭して行きそうです。

「一日好きに使っていい」はずなのにもったいないですよねえ‥‥

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昨日、流しのごみ受けに
私が作ったコンソメ味のスープが捨ててあった。
たまねぎとソーセージと豆入り。ちょっと地味?
柔らかいんだけどなー、口に合わなかったのねー。

あんまりこういうことは今までなかったので
「ありゃ、スープだめだったかー‥‥捨てちゃったんだ」と思わず言うと、
へーちゃんは「何も捨てたりなんかしてないわよ」
「‥‥へ?だってスープが」
「私はわからないわ。最近ね、何にもわからないの」

そうすか。それ、最近マルチなスーパーワードとして使ってませんか。

淡々とそうすかーと流したつもりでも
あとでため息が出る。

なかなかおいしいスープだったんだけど
ソーセージと豆の皮がだめだったのかもね。
せめて「これ、食べにくいの」って言ってくれればなあ
黙って捨てちゃってとぼけるのかあ

いや、悪意はない。悪意はない。とぼけてるつもりもない。
認知症なんだ。認知症認知症認知症。


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【2008/05/20 08:41】 | ’08.4.10以降
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No title
翡翠
せっかく自分の作ったお料理をポイされると病気なんだから仕方がないと分かっていてもショックですよね~

私の母は最近益々偏食、嗜好が変わってきて私の作った食事をしょっちゅう「美味しくない」ってボソって言っていますv-12

No title
コッコ
わぁ~~っ!!!またまた「うん、わかるわかるその気持ち!!!!」
私の場合、捨ててはなかったんですけどね・・・以前ポトフを作った時、「これ、食べれん」!と言われ、イサキという魚を煮魚にしたら「こんなのいらん!」と言われ・・・そんなことが度々で、ホント哀しくなります。

認知症になると、偏食になるんでしょうか?
料理に関しては、ダンナの協力を求めるわけにもいかず、毎日の事なので、本当に頭が痛いです。
あぁ~~今夜のおかずどうしよう・・・・・(悩)

翡翠さま
へざーアイス
翡翠さま

いや、まあ、いちいちこれくらいでへこんでられないんですが
その瞬間は「あらまー」と軽く驚いちゃいますよねえ。
自分の気持ちを殺しすぎても続かないし。
命に関わる事故とかでない限りは
なにが起きてもOK、へーちゃん反応が正直でよろしい!あっぱれ!と思うことにしました(^.^)
(ただ、自分の心のひだとして記録しておきたいという欲?はあるんですよね~)



コッコさま
へざーアイス
コッコさま

うわあ、ポトフ!イサキの煮たの!
おいしそうですねえ、いいですねえ。v-10

偏食は、認知症の症状だと思います。(と思っていたほうがまだ楽‥)
好きで良く食べるものだけ出してたら
ローテーション、2日ももちません。

私もメニューに悩む毎日です~~
それで「食べられるかな?」と思いつついろんなものを出してみるんですけど
なかなかおいしがってもらえないですねえ。
ダンナにして欲しい何よりの”協力”は今んとこ
「いや、僕たちにはおいしいよ」ってむはむは食べ上げてくれることだと思うんですけど
それもなかなか‥‥。(単身赴任中なもんで息子に強要してます)
今日も悩むとしましょうか‥‥えーんv-395

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時々
ついうっかりへーちゃんに
「どうですか?これ食べられますか?」などなどと聞いてしまう。
(ごく当たり前の人間的な会話としてねえ‥‥)
言葉半ばで「あ、いかん、余計なことを言ってしまった」と既に後悔してるんだけど
的確に答えは返ってくる。

「食べられますよー。わたしはなんだって食べますよー」

ああああ、いけない始まっちゃった。
「戦争中はねえ、なんだって食べたんだから」に始まる一連のストーリーが滔々と語られ始める。
戦争中にはいなかったはずの人(家族うちの)が登場し、
そのころ住んでなかった所で、そりゃもう荒唐無稽な展開をする。
話すたびに、一字一句違わない。
でもにっこし笑って(胆力だ、私!胆力を使うのじゃ!)
「そーーーですかあ‥‥‥」(300回は聞いた話だけど)

これ、へーちゃん、嫌いじゃないかな?と思ってそう聞くこともある。

「嫌いじゃないわよ?」
そう
「ただ、あんまり食べないだけ」そうですか。
「無理に食べようとは思わないわねえ、でも嫌いじゃないのよ?」「残すこともあるわねえ、でも嫌いじゃないの」
ま、そりゃ、いわゆる「嫌い」?気を使ってるのかなあ。往生際の悪いこって‥‥
わっはっはっは!(意味無く心のうちで笑ってみる)


戦争中は何でも食べた、か。

そりゃ、まずいけど我慢して食べてるってことじゃん。
おなか空くからしょうが無くて食べてるけど不本意ってことじゃん。

やれやれ。

あっはっはっはっは!(無理にでも笑おう!!)

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【2008/05/19 10:00】 | ’08.4.10以降
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前回の
「へーちゃんは、目の前の人の気持ちを全く頓着しない言い方を
ズケズケする。さあこれは、認知症の症状なの?それとも性格が悪いの?それとも」
という話の続き。

この前の母の日に(←たまたま)ダンナがインドカレー作ってくれたんです。
ルーがさらっとしてるスパイシーなカレー。
私のリクエストで。

まあ、へーちゃんがなじんでるのは小麦粉でぼたっとしてる粘度のあるカレーだよね。
スパイスの味にはなじみがないよね。
だもんで、カレーの皿を前にして
「カレー粉しか入れなかったの?肉のだしがちっとも出てないねえ、煮込まなくちゃだめなんだよ、
初めて作ったんだから仕方ないけどねえ、具ばかりごろごろはいって、水が多すぎなんだよ、辛いだけねえ、カレー粉入れただけじゃあねえ、ああやだやだ」と延々エンドレスにコメントをおっしゃる。呪いか?っつーくらい。
まあ要するに口に合わなくて、食べにくかったんだろうなあ。
まずったなあ、ふーちゃんになじみのタイプのにしてもらえばよかった。

でも普通は、もうちょっと婉曲に言うと思うの。あまりに耳障りなこともあり
「へーちゃん、それくらいにしたげて」と言うと
「あら、これは私の息子だから、何を言ってもいいのよ」

はああ‥‥‥、そーですか‥‥親子で馴れ合っててよいことですね。

でも実際は、ダンナ、くさるくさる。そりゃそうだ。
もう絶対作ってくれないと思う。

彼の名誉のために言えば
ほんの時々ではあるにせよ、もう何回も作ってくれてるし
ちゃんとおいしい私好みのケララカレーでした。
と、ほめほめするの大変でしたの。やれやれ、こんなフォローのニーズも発生するとは。

だんなの鬱病がぶり返さないかとはらはらし
思春期の息子にある種注意深く接し
自分のコンディションも保ちたい。
できるならw、へーちゃんにも幸せでいて欲しい(最後かい)。




誰も私に
よくやってるよ~えらいね~成果出てるよ~あなたのおかげだよ~
とは言わないけど
それでも善戦してる、と信じよう。でなければやってけないもん!!!!

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【2008/05/18 10:00】 | ’08.4.10以降
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初めまして!
コッコ
認知症初期の義母と同居を始めて3ヶ月のコッコと申します。「認知症・介護」で、いろいろ検索していてへざーアイスさんのブログを見つけました。
いや~、よ~くわかりますよ。なんか今の私の気持ちとそっくりだなぁ~って!!!

私も同居を始めてから、精神的に随分凹んで、その気持ちをなんとか落ち着かせてみたいと思いブログを始めました。

またお時間のある時にでも、私のブログにもお立ち寄りくださいね。

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へーちゃんは
なかなか喜ばない、うれしがらない、楽しまない。

ずっと長いこと
私の喜ばせ方が足りないから、サービスが至らないからと思っていたけれどどうやらこれは彼女の持ってる強烈なパターンらしい。
というか、これも認知症のなせるワザなのだ、多分。

私に対してだけでなく誰にでも何にでもそう。へーちゃんに誰が何をしても絶対、しんねりと一言二言言うんだよねえ。
たとえば誰が作ったお料理に対しても
無表情に「あら、おいも、大きいのねえ」あるいは「小さいのねえ」
「柔らかいのねえ」いかんのかい「たくさんねえ」あるいは「ひとつねえ」
「**が入っているのねえ」「**が入ってないのねえ」「甘いのねえ」「辛いのねえ」
「おつゆが多いのねえ」「実が多いのねえ」‥‥‥えーとえーと‥‥
‥‥うるさいよっっっ(失礼)

(最近、私は「そうですかあ?」とにこにことぼけるワザを身に付けました。かなりしのげます。)

亡くなる前のじーじも「あんたは一言どうしてもなんか言わないといられないのか、黙ってられないのか」とよく怒ってた。
するとへーちゃんは平然と「けなしてないでしょう(ものすごく心外そう)、感想を言っているの。感想言っちゃいけないの?」としれしれっと言うんだ。

うーん。
へーちゃんにしてみたらほんとにそうなんだろう。
多分、ほんとに、その瞬間、ただそう思って、ただ口にしているだけなんだろう‥‥。
でも言われるほうは、いい気持ちはしない。
(明るいうれしそうな顔で言ってくれたら全く印象が違うと思うんだけど。)
そして「おいしいですか」とか「お口に合いますか?」なんて間違っても聞いてはいけない。
「そうねえ‥まあ、まずくはないわねえ…」とぐっさり瞬殺まちがいなし。

ね?ただの、姑に対する嫁のグチみたいでしょ?

認知症なの?ただの性格の悪い姑なの?
何か脳の器質的な特徴というか障害なの?
それともやっぱり私の料理がちょーーーーへたくそなの?
これがわからなくて、こっちが意欲喪失、げんなりうんざり、人に八つ当たり(気の毒)なんてこともあったあった。

今は、やっぱりちょっとヘンだと思う。
だって、このことに限らず
あまりに目の前の人の気持ちに頓着しないから。KYの極み。
ちょっと前は「感想言っちゃいけないの?」と言っているうちに気分が昂じてきて
「私は自由に物も言わせてもらえない~~、みんな私が死ねばいいと思ってるんだ~~」と
きいきい叫んだあげくしくしく泣いたりすることもあった。

これはやはり「症状」だ。


と、ほかの面々もわかってきたので
へーちゃんをなだめたり、家族同士顔を見合わせたり、時にはほかの人もさらに激昂したり
もう食事どころではなくなってしまう、なんてことはなくなった。
「はいはい、そうね」って流すしかない。
私も、その度にいちいちへこんだりしない。
ちょっとコンディションが悪いといらいらしちゃうけど。

そう、私が今、自分に欠けていると思う、すごく欲しいものは
底抜けの突き抜けた朗らかさ、強さだ‥‥。
胆力とでもいいましょうか。

あーあ、ちょっと人格の恣意的改造が必要かなあ、私‥‥。
滝にでも打たれてみようかな?w


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【2008/05/17 16:41】 | ’08.4.10以降
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デイサービスぴのぴのでカットしてシャンプーしてパーマしてメークもしてもらって帰ってきたへーちゃん。
さすがこざっぱりしてきれい。
「わあ、へーちゃん、きれーー!60くらいに見えるよ~」とモチアゲルと
「そんなことないわよ」なんてまんざらでもないふうで
次の日からなんだか身だしなみも変わってきた気が。
ちょっと言うこともしっかりしているような気が。

やっぱり女の人だねえ
きれいになるのはうれしいんだ
申し込んで良かったねえ

なんて思ってましたらば
2,3日後、自分の息子を見て
「あらまああんた、随分白髪が増えたわねえ」
「はあまあ、そんな年ですから」
「だめねえ、いやねえ、私は白髪なんか全然ないわよ」
「そうねえ、染めてもらったからねえ」
「(きょとん)染めてなんかいないわよ」
「‥‥ぴのぴので」
「‥‥ぴのぴの?ああ、パーマはかけてもらったけど、染めなんてしてないわよ、なに言ってんの?」

いやあ、しっかり染まってますけどねえ。
でも適当に流しとけばいいのにダンナは気がすまなくて
「あんた染めなかったら真っ白だよ?染めたから今きれいなんだよ?」
「ええ?うそよお、私が?真っ白なの?染めたの?鏡見ないからちっともわからない」

‥‥見ないんだ。
うれしくていっぱい見てるかと思った。
うれしくて忘れないかと思った。

どれも自分でそうしたいって言って申し込んだんだけどなあ。
自分がきれいになるのって
大したことじゃないのかなあ。
私だったらすごくうれしいけどなあ‥‥。

へーちゃんの心が浮き立つことって
なんなんでしょうねえ。

(それでも
へーちゃんにしたら、ちょっとはうれしいことだったんじゃないかと思う。その当日ぐらいは。
すっごくすっごくわかりにくいけど。
全然たいしたことじゃないふうにくさしてしまうのが
へーちゃんの常だけど。だから。)


この「パーマ」にまつわるエピソードはまだあって
「まだお金払ってないわ、自分で払いに行くからお金頂戴、**商店街のとこにあるのは知っている(いや、全然そんなとこじゃないって)、自分で行くからお金頂戴」って毎日言われてます。
もう払ったから大丈夫なんですよ、その日にもう直接払っちゃったの、もう済んでるんです、大丈夫ですよ
といくら言っても、繰り返し繰り返し‥‥。

これはほんとにお金を踏み倒してるんじゃないかという不安感なの?
自分で払いに行きたいという自立心なの?
ただただ、忘れちゃうだけの、「症状」ってだけ?
それともパチスロ代を手に入れたいの?

わっからないんですよ、これが。ほんとわからないんだ‥‥‥。

ま、そのうち忘れるでしょう!!!

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【2008/05/13 11:57】 | ’08.4.10以降
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ありがとうございました!
翡翠
ご訪問ありがとうございました。

実の親の介護も大変ですが、ご主人のお母様のお世話となるとより一層のご苦労があり、さぞ大変のことと思います。。。

斎藤先生のお言葉が載った本ですが、↓ですので、ご参考になれば。。。

http://www.junposha.co.jp/guide/3fuk/ninti/1_atara.htm

はじめまして
ree
こんにちは! 
コッコ三のブログから参りました、reeと申します。認知症介護4年目のヨメです。
ウチのばばは私が嫁に来たときにはすでに認知症だったので私のことはわかりません。で、その当時が、たぶんコッコさんやへザーあいすさんのばば様たちくらいの認知症だったようです。

いやいや、わかります、ほんと!
不思議です。

うちも、髪を染めたあとは若返る、若返る!
自称「38歳」(年下かい!)になりましたから。

私は『身内』として認識されてないので、あまり気休めにならないかもしれませんが、かなり不思議ワールドしてますよ!(笑)。

翡翠さま
へざーアイス
さっそく本を注文しました‥‥。
私が読むのはもちろん
直視がつらそうなだんなにも是非、と思っています。

こんなふうに教えて頂けたりして、ブログ始めて良かったですv-278




reeさま
へざーアイス
reeさま

あ! reeさんだ!ご来訪ありがとうございます。
reeさんのブログ、知恵の宝庫です!さかのぼって熟読させて頂きます。
>"いつまでもぼやいてもしかたないので!"
あああ、もうほんとにそうですよね。
reeさんのブログを読んでいると
"私もなんとか明るく過ごしていこう"と思えます。
ありがとうございます。



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認知症についての情報はこれだけ
世の中に溢れているのに
へーちゃんはどうして自分で自覚的に動けなかったんだろう?
私はそうはならない!って
いろいろ取り組んでいたら
随分違っていたんじゃないかな。

‥‥‥でも3重の意味で
へーちゃんには情報が届いていなかったんだね。
ひとつめは、自分こそがそういう話題の当事者だと自覚するには多分もう遅かったのだ。(今85歳のへーちゃんに始めて会ったのは60歳。
今思えばそのころからもうヘンだった。失礼。誰にも言わなかったけど。
それからゆっくりゆっくり進行していたんだと思う。
驚異的なゆっくりさだけど、そう思う。
ゆっくりだから、長いこと家族の誰も認知症とは思わなかったんだ。
「性格」だと、「そういう人なんだ」「中高年はこんなもの」だと思っていたんだ。私も含めて)
自分で「なんだかおかしいな」と気づき
建設的に自分で対策を講じるような習慣はなかったということもある、失礼ながら。
というか、そういう風に考えを組み立てられないのが認知症なんですね。
自己過信もある、失礼ながら。(「お産以外で入院したことない」ってのが自慢だから)

ふたつめは、私が自分で積極的に
ネットや本やセミナーやヘルパーの友達から情報を漁るからこそ
一見世の中に情報が溢れているような
後はうまく探し当てればいいだけのようなイメージを私は持っているけれども
それは私がまだまだ頭も手足も健康でよく動くから。

当の当事者には
「QOL」だの「介護予防」「ヘルスプロモーション」だのなんて全然届いていないのだ。
あ!今はボケとか痴呆とは言わないで認知症って言うんだってことも
きっと知らない。だって言い換えたの2005年だ。わかるはずない、そのころのへーちゃんは既に‥‥。
メディアリテラシーとかって以前に
用語が老人に届きやすいような語彙じゃないのよ。
今の60歳の方なら難なく理解されるだろう、
でも大正生まれのへーちゃんには無理。

PC操作なんて論外で
病院にもいかず本も読まず
外出はパチスロと買い物だけで
スポーツ新聞か
一般新聞も主要記事しか読まなかったら
情報の門口はものすごく狭い。
テレビは昔からさんざ見ていたけど
介護予防の番組なんか「自分は関係ない」と思っていれば目に入らないか、無視するよなあ。

それより何より雑談したり共通の趣味を持つ友達がひとりもいないこと!
これが何より痛手。
これが三つめ。
日常的に共感したり情報交換したりという友達がひとりもいないなんて‥‥。
友達と「認知症とか寝たきりにはなりたくないものよね」
「そうよね」なんて話すのが一番心に情報が届きやすいと思うんだけど
その道が遮断されていたわけです。

良い友達づきあい。人とのつながり。
それが
老いたときにはなおさら
何より大切なものではないかと私は思うのですが‥‥。

(もちろん友達に期待しすぎてもいけないですけど
笑いあえるのが何よりですよね‥‥)

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【2008/05/08 10:33】 | ’08.4.10以降
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へーちゃんちには2階から3食運んでいて
悪いけど平日は一人で食事してもらっている。
(いろいろ試したけどこれがお互い心穏やか)

土日の夕飯は1階のへーちゃんちで4人全員(ダンナ、息子、私、へーちゃん)そろってご飯を食べる。

さあご飯ですよ、ご飯にしましょーと言っても
へーちゃんはなかなかご飯を食べ始めない。
何年も前のなにかの紙切れをためつすがめつしていたり取り分けたりまた一緒にしたり
手帳をめくって書いてあることについて何かごにょごにょ言ったり、
とにかく一向に食べようとしない。
おなか空いてないか
それまでの作業(?)を急には切り替えられないんだろう。
私たちは勝手に始めさせてもらって
「へーちゃんもどうぞ、肉じゃがほらおいしいよ」とか声をかけながら
さっさと食べる。(下手するとへーちゃんの一口めまで30分はゆうにかかるので)

もうここ何年かなじみのことなんだけど
昨日、ダンナが業を煮やして
へーちゃんの手元からこの紙切れやら手帳やらのごっそり一山を取り上げて
「いいから、早く食べなっっっ」とやっちゃった。
へーちゃん「やーめーてーよーー」と悲痛な叫び声、紙切れ手帳から手を離さないで
ダンナとひっぱりあい、手を離させようとしてダンナはへーちゃんをぺしっとたたいた。
へーちゃんからも手が出る。
わたしがダンナをつかんで「やめて、ぶたないで、そんなことするなら上(2階の我が家)に帰って」と言うと
「うるさいっっっへーちゃんと俺の話に口を出すな」
「このわたしにうるさいって言うわけ」
「うるさいよ」
「帰る」

わたくし、はし投げて玄関のドア思いっきり閉めてオンデテやりましたの。

2階にそのまま帰るのも馬鹿馬鹿しく
ちょっと近所の公園で20分ばかり風に吹かれておりました。

あのバカ、まだわかんないのかい、と
怒りというよりはそれはそれは冷え冷えとした気持ちで
さて、どーしたもんかねえ、と。
ここまで走り回ったり手配したりご飯毎食毎食作って
あんたいない間(単身赴任中)もへーちゃんのこと24時間気にかけて
それでも他人扱いですかい。いいっすけどね、ああ結構所詮他人。
それはともかく息子の老人虐待のトバグチに今自分がいるんじゃん。
息子無自覚だけど、まさしくこれじゃん。
これをサバクのも、わたしの仕事なのかい、おもてーなー‥‥‥。
じょーだんじゃないっすよ、ったく。あのばか。


一切放り出すっててもあるけど、帰る実家もないしなあ。
この居場所なくしたら、わたしゃ死んだも同然だしなあ。


しげちゃん(息子)が緊張してド固まっているだろうしな。





やれやれ。しょーーーがない。なんとかするか。


‥‥‥帰りましたともさ。(2階の自分ちのほうに。)



1階から帰ってきたしげぞうが「僕が説教しといたから」
わははははは、わりぃ。
しげぞう「まったく、巻きこまないでよねっっ」
「すいませーん」
「食べ残し、詰め合わせて持ってきたよ」
うううう、やさしいいい息子。
君にはほんと救われるよ、悪かった。
「で、なんて説教したの」
「言いたくない」
‥‥なんて言ったんでしょうね。


その夜ダンナとはさすがに目を合わせる気も起きず
翌朝、「それでっっ。反省したのかしらっっっ?!?!?!?!」
「‥‥‥はい」←すげー小さい声。
「へーちゃんには、こっちが合わせてあげるしかないの。
小さい子なら段々大きくなって理解力も増すけど
へーちゃんは真逆なの。
わかってんの??!?!?!?!」
「‥‥‥はい」

悪いけど直面するしかないから。
しっかり現実を見つめてください。以上。

それから私を労わらないと、いなくなるからねっっっ!!!!

【2008/05/07 10:40】 | ’08.4.10以降
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認知症についての記述にはだいたいこう書いてある。

「認知症になっても人間性が損なわれているわけではありません。
喜怒哀楽は変わらずあるし、むしろ敏感な方もいらっしゃる。
その人の尊厳を大切に。
その人にそってあげてください。
その人の世界を大切にしてあげましょう。
受容的に。肯定的に。
家庭でなにか役割があるといいですよ。」


頭ではいちいち良くわかる。
そうだよなあああ!!と思うんだけど

いざそれをへーちゃんと自分、へーちゃんと家族で
実現させるとなると
これが正直言って難しい。

たとえば受容的態度って
単純にどんな「間違い」も指摘せず
全てに「そうですねえ」と同意していたらいいの?
でもそしたら
へーちゃんはますます
フィクションの世界にしかいられなくなる。
家族の「リアル」から意識的に遠ざけられるのではないの?と思えて。

なので去年の今頃はまだ
頑張って記憶の訂正を試みていた。(ま、結論から言うと、そんなこと、どだい無理だったわけですが!)

へーちゃん「この金魚、私が買ってきたころはちっちゃくてねえ」
「いーえ、もりぞうさん(ダンナ)としげぞう(息子)が買ってきたんですよ」
「違うわよお、Sまちのドコソコのなになにで洗面器で売ってたのを買ってきたのよ」
「その店は私が結婚したころもうありませんでしたよ」
「なに変なこといってるの???もりぞうなんか買ってくる訳ないじゃないの」
「でもそうなんですよ」
「いやーだ。りんちゃん(私のこと)間違えてるのよ。わたしがねえ、Sまちのドコソコを曲がって右に行くのよ、あらひだりだったかしら、あら、S町じゃなくてR町のほうだったかしらとにかくね(以下長々)‥‥」
「‥‥‥えーと、これはKまちの***で買ったんです」
「そうじゃないのよ、Sまちのドコソコ(以下延々)」
「‥‥‥‥‥」
「そしたら買ってきてすぐ水槽から飛び出しちゃって何匹か死んじゃったのよねえ。
どうして飛び出したりするのかしらねえ」

(へーちゃんが水槽のエアーを止めてしまって
金魚が苦しくて飛び出しちゃったんだけど)

‥‥‥‥。
受容というよりは、諦めが私の口をつぐませる。
もういいやあぁぁ‥‥、どっちでもぉぉぉ‥‥どうでもいいやあ‥‥。
へーちゃんの話を心を込めて聞いてあげたいんだけど、
そうすると
事実誤認のストーリーが嵐のように流れ込んできて
こちらもだんだんほんとのことがわからないような気分に侵されて
頭がぐらぐらしだす。

最初のころは慣れなくて随分疲れました。
「いやいや、このへーちゃんの世界と現実の世界の往復に疲れたら
私はへーちゃんワールドに引きずり込まれて戻れなくなる!!!
私は私の世界に帰ってこなくちゃ」みたいな、ちょっと必死な気持ちがしたもんです‥‥。

そう
いちいち訂正したくなるのは
こっちに「こっちが正しい」という「思い込み」があるからで‥‥。
「訂正したい欲」は私のエゴなのね。
へーちゃんの世界ではへーちゃんの言うことが正しいんだわ‥‥。

そんなこんなで
すみません
そのころよりはだいぶへーちゃんの話を流し聞きするようになってしまいました。
自己防衛です。
ともあれこれもある種の受容なんでしょうか?
ふんふんそうですねえ、って聞いてもらえた方が
へーちゃんも聞いてもらえた気がするんじゃないかな。
それとも
流し聞きしていることがばれているから
怒りを溜め込んで
ことさらにまた同じことばかり言い募るのだろうか‥‥。


(この封じ込まれた「怒り」というもの。
別立てで書きたいことのひとつです。)


そうか、いいかげんでなく心から「そうですよね」って言えばいいのか。と、書きながら今思う私。
できるかなあ。

でも全てを「そうですよね」で流すわけにも行かず、日々の状況は日々あるので
この前うちに来たのは、どこかの知らない人ではなくじーじのお葬式にも来てくれた大家さんで大家さんは息子さんに代替わりしていて息子といってももう小学生ではなく往診の先生とも別の人でねずみ穴をふさぎに来るのが遅れてるのは放っとかれているのではなく職人さんが連休中だから、とかめげずに説明や訂正を延々とやってもいます。一応説明しとかないとね。全部もとの木阿弥でもね‥‥。
がんばれ私。

(このがんばれ私についても別立てd(以下略))

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【2008/05/06 10:36】 | ’08.4.10以降
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ところで
話には聞いていたけど

認知症の本人も

不安らしい。

へーちゃんも
「私、最近ちょっとおかしいのよ‥‥」と言う。(わたくしは内心「ちょっとっすか?!、最近っすか?!」と毒づく。)

記憶なんか
壊れたって混ざったって無くなったって
生きててそのとき何とか楽しかったらいいじゃない、と思っていた。
そう思う自分が先見的?な気もしていた。

ところが全然そうではないのね。


いろんなことのつじつまが合わない、と自分でもわかる時、それがとても度々であったら。
家族ともトラブルになるし、怒られるし
まじめに話を取り合ってもらえていない気もする。
理解できないことも次々起こるし
テレビも何言ってるのかよくわからないし
野球選手は知らない人ばかり。
ましてやへーちゃんは
お金の管理も“させてもらえない”。

‥‥それが楽しい訳はないなあ。

もしそれでも楽しめたら
そりゃ、もう、仙人の域か、はたまた
もう人格としての統一性が既にナイかも‥‥(いや、それでもいいですけど。
と、思うのは自分じゃないからで。)
「楽しくない」のが
ニンゲンとしてのせめてもの抵抗、なのかもなあ、なんてね‥‥。

まあそれほど
なんであんななんだと考え込んでしまうほど
へーちゃんは退屈そうでつまらなそうにしているのです。
(デイサービスに通うようになって
ほんの少し違ってきたかなあ‥‥)


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【2008/05/05 13:45】 | ’08.4.10以降
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へーちゃんに少し、ほんの少し
活力の片鱗が見えるような気がすることがある。

たとえばさっき。
階段を下りていったら共有通路のところで
へーちゃんが
なんと!草むしりをしていた!
一日中、いすに座っているだけの
あのへーちゃんが!びっくりだ!
退屈は人を動かすの?

去年亡くなったじ~じは
草むしりに始まってごみ置き場から自転車置き場から、
大家さん張りによく掃除してくれていたけど、
正直言ってへーちゃんがしているのは見たことがない。
そのへーちゃんが。
じーじがしてたなあ、なんて覚えていたのかな?

ただ、むしった草を始末するのは
こりゃ私だな。
放置してあることも覚えているかどうか。ま、そんなこたいいや。

それにしても、素直に
「わー、きれいになりましたねー
へーちゃんありがとう!」とは言えない私。

だって花が咲くの楽しみにしていた
ランをたくさん抜いちゃうんだもん。
それについては何も触れずに
ありがとー、すごいですねーって
言うの?それってまるで幼児相手。
幼児相手だって「それでね、こんどのときは
この草はよけといてくれるともっとうれしいんだ」ぐらいは言うよ。

へーちゃんに言っても
まったくむなしい。
記憶に残らないならまだしも
せっかくやったのに文句を言われた、というその印象だけ
くっきりと残って
そのことだけ何回も何回も何回も
言われたりするので。


それでも言うのが、人間同士の付き合いってもんでしょうか?
‥‥よし、にっこり笑って「ありがとう」だ。がんばれ私。
それが次の意欲を引き出すかもしれないもんね。

ああ、ラン‥‥。


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【2008/05/02 16:55】 | ’08.4.10以降
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ところでへーちゃんは
日々、あまり楽しそうではない。

どころか
「死にたくても、死に方がわからないのよ」とか
「目も耳も衰えて、こうやって段々死んでいくのねえ」とか「もう死んじゃうからいいのよ!!」とか
オッシャル。

段々そのたびそのたびのフォローにも疲れてしまい
最近は「はあ‥‥」なんて生返事が増えている私。
へーちゃんのせめてもの自己存在確認なんだろうか。
そんな必要ないのに。
(とは家族は言えないか。「もっとかまってよ」ってことかもしんないからなあ)

せっかく生きているんだから、堂々と遠慮なく
楽しんでいて欲しいんだけど
そうでもない。

こっちは何とか楽しんでもらおうとしているのにっっ
なんて
よくむかむかしたもんだけど、
皮をへだてて別の個体、別の脳みそ、
その中でどういう思考が繰り広げられるかまで
どうにかできるもんではないのよねえ。

しょせん、
へーちゃん自身の力によるのです。
そう思わないと
こちらの傲慢でもある。

なるべくなるべく
良いようにもっていく、
できるだけのサポート、がせいぜいであって(それさえもなかなか‥‥)
本人以外の人間が
本人の心の持ちようをどうこうはできない。

ということが身に沁みるここ何年か。

だからなおさら
へーちゃんには
「しっかりして欲しい」んだけど。
しっかりできない、やりようがあるということがわからない、
ということ自体、
認知症の症状なんだ、と、わかる、というか達観するまで
へーちゃんには腹が立ったなあ。

だってともすると単に
「怠慢」「自堕落」「性格が悪くなった」って見えるんだもの。
どうしてそんなことぐらい、しないんだろう?
やればできるのにどうして?
どうしていつも同じ愚痴ばっかり言ってるんだろう?
ほんとに忘れちゃったの?
とぼけてごまかしてない?
確信犯じゃない?
人の話聞いてないんじゃない?
と、ほーーんとに腹が立ちましたさ。
そうでなくてこれは「認知症」という症状なんだ、と
常に常に繰り返していなければ。
これを忘れると
壮絶なけんかをしてしまうし
双方傷つく。うちの場合。とくにダンナ。
いまだに
認知症の人を相手にしていることを忘れて
軽くぶちぎれる。
そんな時、距離をとらせるのも私の仕事だ。


認知症のこんなほんのトバグチであっても
家族の困惑と混乱は結構きつい。
トバグチだからこその独特さ、というのもあるかも。
(いっそまったく何にもわからないならかえって楽か?なんて思うこともあるけど
決してそんなことはないね、多分)

けど、それでもやはりまだまだ入り口なんだろうな。
ほかの方のブログ読んでると
うちってまだ牧歌的かも‥‥と
思います。長ーいため息とともに。
(介護中の皆さん、ご自愛くださいませ。)


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【2008/05/01 11:40】 | ’08.4.10以降
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