「人は記憶でできていると思っていた。」から改題しました。
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だんなは難病、闘病、老いに関するテレビ番組をほとんど見ない。
小さい時から親は高齢だったから直視を避けてきたんじゃないかな?
……でしょ?と聞いてみると
「だってなんでわざわざそんなもの見なくちゃいけないのよ」と
けろっとしている。
テレビに求めるのは学習じゃなくて娯楽だ、と言いたいらしい。

それがなんか最近はふとした折につい見ちゃうらしいのね。
「あんなもん誰が見るんだと思ってたけど
自分が関係あると思うとつい見ちゃうもんだね。」

するとなんだ?今までまっっったく無関係だと思ってたわけ?
うっわ、ノーテンキ。いいけどね。

ところでつい最近「献身的介護ベスト3」みたいのを見たらしい。
「で、愛情に満ちた超献身的な介護を受けると
どんな認知症でも精彩を取り戻したりするわけ?」
「……ほんの一瞬ね……ハーモニカ聴いて笑った、とかね……
勘違い?思い込み?ってレベルなんだよねー」
そうなんだ。どうやってもとどめようはないんだ……。
「それでさー、思ったんだけどさー」
はい。
「へーちゃんて、すごいましなんだね!」
そうよ。てんで入り口の所だわよ。
「自分でご飯食べられるし、トイレもいけるし」
時々訳の分からない冗談も言うし。よく踏みこたえている方だって言ってるのはそういうわけよ。
「そうなんだねえ」
そんな段階でも私たちはこれだけ翻弄されて振り回されちゃうんだから
これからど~~なっちゃうのって話よ。
できる限りこのまま踏みこたえ続けて欲しいっていつも私が言ってるのはそういうわけよ。
「………」

なんて話を外出先でして
(「そうよ、ましなのよ、まだかわいいもんよ、がんばんなくちゃ」なんて思いながら)帰ってきたら
「へざーちゃーーん、なんか届いたんだけど、これしらなーい?」とへーちゃんの手に不在配達票。
化粧品メーカーの名前とへーちゃん様って宛名と1万6千380円の代引きだって記載。

とほほほほほほ。

へーちゃん「私ずっと家にいたのに変だわあ」そりゃじれたか諦めたかだ。
「まあ、へーちゃん、何を注文なさったんでしょう?」
「わたしは何にも注文なんかしてませんっっっ
大体お金がないのよ!!!通帳がね」
とまたぞろ始まったので「この前ね、見せてもらってましたよ。(←朝4時にへーちゃんから電話かかってきたんですよ………)『よくわかりました。もう見せてって言いません。』って言ってましたよ。」
「またいんちき言って!!!!」
「いーーんーーーちーーーーきーーーじゃーーーーあーーーりーーーまーーーせーーーーーんんんんっっっっっっっ!!!!!!」

と、言い捨てて自宅へ帰ってきた私。

えーー。学習効果はない模様です。(←私ね)


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【2009/08/13 15:49】 | ’08.4.10以降
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ときどき、お正月に病院がヘーちゃんに下した診断を思い出す。

お医者さんは「何か今困ってますか?」って聞いたっけ。

へーちゃんがもし一人で誰も気がつかなかったら
今頃とっくに死んでると思うのね。

上げ膳据え膳、洗濯に掃除、入浴に排泄、あれやこれやの買い物に室温調節。
光熱費の支払い、行政との連絡。時には食事を共にし、時には車で連れ出し……。
すべて私たちがフォローしている。

医者「何か困ってますか?」
私「いえ、何とかかんとか暮らしてますけど……」

「それでは病気とは言えませんね」

家族が全面フォローしてるから暮らせるのであって
完全に自活の能力は失われている。
そりゃ、徘徊も異食もないけれど
そばに家族がいるかどうかで変わる病気の診断って?。

これが例えば胃潰瘍だったら。
脳梗塞だったら。
家族がいようがなんだろうが診断は変わらないでしょう?
治療法の選択の幅はあるかもしれないにせよ。

認知症の診断ってなんなんだろう?

つまりいっそ「認知症ですよ」とはっきり言われたほうが
まだ気持ちが楽だったんでは、と思うわけです。

病気の宣告をされたほうがましと思えるなんて
これも他の病気と違う点だ。

これは病気ですよ、と言われれば
憎まれ口のあれやこれやもすべて「病気のなせる業」と思い、
そのうえで、でもまあのんびりやりましょうよ、とかっこつけられる。

病気じゃないと言われると
じゃ、なんだ、全てはマジなわけ、そういうヒドイ人なわけ、と
むかっ腹の納めようがないっつーか……。

(その日の記事にも書いたとおり
医者が何と言おうと、へーちゃんは、ま、認知症だーね。)

どっちにしろ
寛容な家族のほうが認知症ととりたてて認識されることもなく
年寄りとはそういうもんだ、と昔ながらに大事にされるケースが多いそうだ。
そしてあまり効率化を追い求めていないようなのんびりした地域ほど
地域ぐるみでそういう空気が残っていて、年寄りは死ぬまで大事にされて死んでいける、らしい。
「痴呆」とは、効率を追い求める現代の風潮が生んだ老人への新しい視線、というわけ……。
(ここらへん、下記の「痴呆老人は何を見ているか」より)



それにしても、だ。
そんな地域がまだ残っているとして
多分、そういう年寄りには社会性がある。社交力がある。
だから声をかけたりかけられたりして地域とつながってられる。
そして多分自分なりのちょっとした仕事や役割があったりもするんじゃないかな。

へーちゃんにはそれが皆目ない。畑も生き物もきらい。
何も生み出さず、人とも交わらない……。

すばらしい特養ホームや年寄り同士の協働の暮らしが成功して
お年寄りの精気が甦った!なんて本を何冊か読み
家族で扱いに失敗しているようなら(つまりその人の活気が蘇らない)
プロの手に委ねて生き生き生きてもらえるなら
その方がいいんじゃないか、なんて考えないでもないけど
一方
入居するお年寄りにも適性というか素地ってもんが必要なんではと思う。

そんな誰も彼もがいい人じゃないでしょう。
若い時もこなれたコミュニケーション術なんか決して持ってなかった人が
年取ってからいきなり人と交わって輝きだすなんて
信じられない。ありえないと思う。

「生活の手伝いをする」という美名の下に自活能力を奪ったヨメの
誤った先入観と偏見かもしれませんが……
ま、へーちゃんには無理。

という点でこの前だんなと意見が一致し
救われたような。同士感が芽生えたっちゅーか。
古びた夫婦の共同作業。


そうそう、だんなの会社の人でお母さんをわりと早めに特養に入れちゃった人がいて
それを他の人がちょっと非難する、みたいな場面があったんですってさ。
私→「いやあ、それもひとつのありようだよ。できるんだったらいいと思うよ」
だんな「そうだよねえ、非難するのは一緒に暮らしてない人の意見だよなあ、いろいろあるよなあ」
なんてまさかこんなとこで共感しあうとは思わなかった。
だんなよ、あなたもそう思ってましたか、そうですか。

ねええ…………。


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【2009/08/07 15:15】 | ’08.4.10以降
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あみか
私もへざーアイスさんと同じ思いをもっています。アルツハイマーと診断を受けた義母をひきとり同居をはじめました。毎日自分が住み慣れた家に帰りたい、一人できままにくらしたいと訴えます。確かに一日中嫁に見張られ、通帳やもとの家の鍵をとりあげられ、義母にとって楽しいことは何もないでしょう。でもお金の管理はできず、泥棒がはいったと警察をよび、その日の約束が覚えられないほど記憶力がなくてどうして自活できるの?火事をだしてからでは遅いでしょう。認知症になってもいきいきと暮らして欲しいけど、どうしてあげたら?私たちの自己満足で同居してるより施設のほうが義母にとっていいのか?私が自活能力をうばってるのかもと。へざーアイスさんのブログで自分の愚痴みたいですいません。




ぷぅちゃん☆
文句言ったもん勝ちなんじゃないかって思う
いまの世の中・・

こんな大変なんですよ!って
もっとアピったらいいんだろうか・・??

わかんないですよねぇ。

あみか様へ
へざーアイス
あみか様

ご訪問ありがとうございます。
あみか様も悩ましいところを生きてらっしゃいますね。その人を守るためにしていることなのに、その人自身からは理解されない。ベストはこれ、という明快な答えもない。そうこうしている間にも進んでいくその人の脳の萎縮。………。
家族、特にヨメは、それでもそれでも最善、もしくは次善ぐらいのところは選択できているはず、と信じていくしかないようなんですよ。家族が周りで心配して悩んでくれるなんて、本来はすごい幸せですのにね。家族に恵まれていない人もいる訳ですから……。
ある時点まで行ったら、家族で健闘を称えあい、別の選択に進むということもありなのかなあ、どうなのかなあとやっとぼんやり考え始めたワガヤです。
あみか様も、どうか思いつめませんよう。できることはやってるよ、とお思いになって、あみか様自身の楽しみも楽しめますようにいのってます。
またいらしてくださいね。

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週に二回、デイへ行き始めて一年と少したった。
初めのころは、「今日はどうでした?」「何をしたの?」なんてだんなと口々によく聞いたもんだけど最近は
あえて聞かない。
聞いてもいいことが無い。
双方、ぐったりげんなりしてしまうので、もうほとんど聞かない。

だって「そんなとこに私は行っていない」に始まって行ったことをすこーし認めても
「なんにもしていない」「ほっとかれているだけ」「座って、帰ろうかしらってずっと考えてる」「ご飯なんか出たことない」あるいは「出たものを食べるだけ」「出るからしょうがなく食べる」「誰とも話さない」「他に年寄りなんかきていない」「パチスロをしていた」………。

……デイの人に「ヘーちゃんはどんな風ですか?」と聞くと
「歌でも体操でも園児との交流会でもなんでもよく参加して、明るいいい方ですねえ。
よくおしゃべりもしてご飯も残さず召し上がるし、お風呂の時も何にもトラブルが無いし……」等々とのことで
もんのすごい優等生ぶり。ぶりぶり。このギャップは何。

特に最近は午前10時に行って午後5時に帰ってきて
夜7時には「私は今日どこにも行かなかった」ってもう言ってる。
「お昼を食べなかったからおなかがすいちゃって」

……。何を言おうと家族の反応はウチでは「そうなんですかーー」、だ。
せいぜい「はああ…」と呆れたり、「そうなんだーー」と笑ってしまったり。

ところで連絡帳てのがあって
これにデイで関わった職員さんが合唱に○(参加、の意味)、体操に○、入浴に○………と、へーちゃんがどんな活動をしたかマークしたり軽くメモ書きをして返してくれる。
ある日、へーちゃんは帰ってきてからご丁寧にその記述を
全てボールペンでゴリゴリ線を引っ張って消し
「私は今日どこへも行ってません。一日中家にいました。なぜうそを書くのですか?」と大書した。
わざわざ。それもまず鉛筆で下書きして上からペンでなぞるという用意周到さ、というか執念で。
家族は、作文力あるじゃん、なんて苦笑いしてた。

そしてやれやれと思いつつ、そのままその連絡帳使っていたのね。

そしたら、デイから迎えに来た人が
「この前、これを見たうちの若いのが落ち込んじゃいまして……」

「あらー、すいませんね、いつものことなんですよ」と笑い飛ばそうとすると
執拗にそのことを繰り返すんですわ。「落ち込んじゃったんですよ……」

どーしろと。フォローしろと?
プロでしょ?そんなことでいちいち傷ついてどーーすんの?
悪いけど、そんなとこまでかわいそがってる余裕、私には無いですから!
と思いつつ
「あらまあ、気の毒でしたねー。すいませんね、お世話かけて」
なんてお愛想も言える大人の私。でもまだ「ほんとに…ウチの…若いのが…」なんて
ぶつぶつ言ってる。

どのばーちゃんもうちで「ああ、楽しかった!今日はねえあれをしてこれをしてねえ
ほんとに今日も行って良かったわ!!職員さんもほんと良くしてくれて!」なんて話をしてると思っていたんですか????
あっまーーーー!!!そちらで若いの、ちゃんと育ててくださいよ!!!

週に2日も過させて頂いてほんとに助かっているけれど、
そちらではヘーちゃんのいい面しか見ていないわけでしょ?
ヘーちゃんのいいとこ取りしてるわけでしょ?
そちらで優等生やってる分のストレス、ウチで引き受けてるんじゃないですか?
我が家のストレスなんかたいしたこと無いと思ってたんでしょう?
「こんな素直ないいおばあちゃん」がウチでは憎まれ口ききまくり、
おしっこのパンツ家中に隠しまくり、ありとあらゆる愚痴と不平の沼にずっぽりはまり込んだまま、なんて想像つかないでしょ?
今回ちょっと露呈したからってそんなにびっくりするなんて。いい勉強じゃないですか。


とは言わない。ありがたいのはほんとなので……。



…………。


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【2009/08/06 10:16】 | ’08.4.10以降
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ぷぅちゃん☆
ここで言ったからいいってことで^^v

なるほどなぁ、
それはプロとして
ひつこすぎる気がしますねぇ。

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デイサービスのお迎えが来た。
その日はいつにも増して行く準備がまだ進んでなくて
その上迎えの人がヘーちゃんのちょっと苦手な人だったのもワザワイして
すねすねゾーンに入ってしまった。

「もう迎えが来ましたよ。お着替えお願いできますか?」
となるべく気楽そーーーにやんわり促しても
「待たせとけばいいのよっっっ勝手に来たって知らないわっっっ来てって頼んでるわけじゃないのよっっっ」
…機嫌悪いなあ……
「きょう、ぴのぴのだなんて聞いてないわよっっっっ」
いや昨日の夜から言い詰めですって。
今日も起きてから30分おきにあなたは何回も
聞いているはずです。
朝ごはん置きに来て「今日はぴのぴの日ですよ----
ご飯とお仕度お願いしますねーーー」
「あらそうなの?何時だったかしら?」
「10時ちょっと前には車が来ますよーーー」
「あらあと2時間ねえ」(お!わかってるぞ!)なんて会話があってまずまず、うんうんなんて思ってですね、
30分たって見に行くと、手にお箸をもってるのにご飯に手がつけられていない。きゃーーー
「あら、おかーさん、ご飯召し上がらないの?」なんてつい言うと
「テレビ見てたのよっっ」
……テレビに見入って手が止まってしまうのね。子どもかい。

また30分たって見に行くと、状況何一つ変化なし。
お箸を握ったままフリーズしている。どんな面白いテレビやねん。
「もうすぐですよーーーー。」「はいはい」と会話してまた去る。
そばにいてもいらいらするだけなので
あまり構わない。どんどん帰る。
それにしてもあと1時間かーーちょっと迫ってきたなー。
(自分だったら起きてなんか軽く食べて支度するのなんか30分で足りるのに
へーちゃんは2時間あっても足りない。)

30分前。まだ食べ始めていない!!!!orz

「お着替えこれでいいですか?」なんてそろえちゃって外堀を埋めにかかる。
最初からこれをやると
「自分でやるわよっっ」と即お冠なので
ぎりぎりまで手を出さない。
20分刻みでも、すごく頻繁にせかされている感じが増すらしく
も、ぜんぜん駄目。ヒステリーというかパニックというか
てこでも動かなくなっちゃう……。

間に合うかしら?着替えてくれるかしら?とやきもきする数十分。
べっつに休んだっていいけどね。

いよいよ「おはよーございまーす、ぴのぴのでーす。」
来ちゃったよ。
「おかーさーーん、ぴのぴのさん、迎えに来てくれたよーー」
「ええええ?今日、行く日????」

orz orz orz ………そっからですか。
「そうですねえ、いつも水曜日と土曜日でしょ?今日、水曜日だから、行く日なんですよ。」
「ええ?聞いてないわ!!!曜日で決まってるの?私は行きたい時に好きに行くのよ!!」
「曜日で決まってるんですよ……」
「うそよお!初めて聞いたわ!!」

もう1年以上同じ曜日で通ってますけどねえええ…

パンツはどれだ、いま出しましたよ、こんなのいや、靴下の色が合わないのよー、ブラのホックをしているうちに自分の腕を縛りつけたみたいになってもがいたり
まだまだ出るまで大騒ぎだ。
大なり小なりこんな成り行きを踏んでやっとこすっとこお出ましになる。

もう私のほうはヘトヘトだ。
送り出したあとは一日の仕事を終えた気分。まーーだ午前中だって。

何のためにデイに通ってるんだっけ?
へーちゃんに、楽しんでもらうため?これ実はどうだかよくわからない。
怒るのも拗ねるのも刺激のうち、というならいい刺激だ。
寝たきりになってほしくない一心で、追い出してんじゃないかッつー勢いで
お出かけをお願い奉っている。
そして、家族の負担軽減っていう面だってあるはずだ。
行ってる間だけはとにもかくにも安全は確保されるはずだし。

でも週に2回こんな感じだと
やめちゃって軟禁状態でいいってんならいっそ私はそのほうが楽かもなー、なんて。
もう一回増やせますよ?ってケアマネさんには言われてる。でもちょっと二の足を踏んでいるんです。
今だって送り出しのために、アルバイトの出勤時間調整してんだもん。

(職場っていいなーーー。
仕事って結果でるもんな。
オトナの人と、世間話ができて
笑ったりできるもんな。新しいことも覚えられるもんなーー。)


(時々、何もかもがスムーズで何もひっかかりもこだわりも見せず
行ってきまーーすってニコニコ行くこともある。
どうしてうまくいったのかさっっっっぱりわからない。
私の何かを読んでいるのか?さてねえ)

いやいや、この状態さえ、僥倖ですとも、わかっていますとも。
それでも、疲れるんですよね………


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【2009/08/05 16:00】 | ’08.4.10以降
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ぷぅちゃん☆
「職場っていいなーーー。
仕事って結果でるもんな。」

これ!
私もすごい思います!

専業主婦は 召使いですよほんと。
やって当然、お礼もなにもなし。

ほんと私の人生なんなんだろうって
思っちゃったら もうその場で終わっちゃいます。。

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