「人は記憶でできていると思っていた。」から改題しました。
楽しくなれない。2


ところで
話には聞いていたけど

認知症の本人も

不安らしい。

へーちゃんも
「私、最近ちょっとおかしいのよ‥‥」と言う。(わたくしは内心「ちょっとっすか?!、最近っすか?!」と毒づく。)

記憶なんか
壊れたって混ざったって無くなったって
生きててそのとき何とか楽しかったらいいじゃない、と思っていた。
そう思う自分が先見的?な気もしていた。

ところが全然そうではないのね。


いろんなことのつじつまが合わない、と自分でもわかる時、それがとても度々であったら。
家族ともトラブルになるし、怒られるし
まじめに話を取り合ってもらえていない気もする。
理解できないことも次々起こるし
テレビも何言ってるのかよくわからないし
野球選手は知らない人ばかり。
ましてやへーちゃんは
お金の管理も“させてもらえない”。

‥‥それが楽しい訳はないなあ。

もしそれでも楽しめたら
そりゃ、もう、仙人の域か、はたまた
もう人格としての統一性が既にナイかも‥‥(いや、それでもいいですけど。
と、思うのは自分じゃないからで。)
「楽しくない」のが
ニンゲンとしてのせめてもの抵抗、なのかもなあ、なんてね‥‥。

まあそれほど
なんであんななんだと考え込んでしまうほど
へーちゃんは退屈そうでつまらなそうにしているのです。
(デイサービスに通うようになって
ほんの少し違ってきたかなあ‥‥)


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ジャンル:福祉・ボランティア テーマ:認知症を介護する家族の悩み
2008⁄05⁄05 13:45 カテゴリー:’08.4.10以降 comment(0) trackback(0)
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