「人は記憶でできていると思っていた。」から改題しました。
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こんなこた
言いたくないけど


へーちゃん、
無意識に
私ら夫婦が人並みの貯金ぐらいはある
しっかり貯めてる、と思ってたと思う。

借金を清算できる経済力を
息子夫婦が持っていなかったら
いったいどうなっていたのだろう?

と考えると、ね?
修復力が全く期待できなかったら
どっかでブレーキかかったんではないかと思うんだ。
だって下手したら
心中ものだし(!!!!)
実際世間にはそんなこと、あるでしょう。

それとも
認知症って
そんなこと全く関係ないのだろうか。

あるいは
そうかも知れない。

(へーちゃんが何を理解していて
何をわからなくなっているのか
こまかく細分されていて、毎日状態も違うので
正確にはわからないのです。)


そして親子の
玄関to玄関1分という状況。

子どもが小さいころとか、
もっと前の共働きの頃
へーちゃんには実際助けてもらった。
それでお礼を言うとね
「いいのよ、私が動けなくなったら
世話してもらうもの」って‥‥‥

いやーーー
100%本気だったんですねー


子どもをアテにして老いていくって
よくわからない。
子どもが何とかしてくれるという安心感。
親はこれが「欲しい」だろう。
でもこれがあると
認知症発症率高まりませんか?
そんなことない?

私らがそばにいるから
へーちゃんのQOCは低下したのでは
いや、押しとどめ助けているのは
他ならぬ私たちだ

等々
まあ、考えちゃいますわねー‥‥
考えても仕方ないけどねー‥‥

目の前に困っている肉親がいれば
かつて世話になった人であれば
伴侶の母ともなれば
サポートしますとも。
へいへい。
それが私の人生に与えられたお仕事ならば。

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【2008/04/24 11:44】 | ’08.4.10以降
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