「人は記憶でできていると思っていた。」から改題しました。
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へーちゃんの生活を順を追って記録しておこうとする目論見は
なかなか成功しない。
毎日毎日細かくいろんなことが起き続けていて
一息ついてさあ書こう、なんてタイミングは自然には訪れないから。
今こそ書けるというほどの空き時間があったら、まずはぼーーーーっと脱力してしまうし。
ぷんすかしてる気持ちの真っ最中に書いても収拾つかないしなー。

と思っていたんですが
ほかの方のブログを読んでいてつい熟読しちゃうポイントの一つは
介護者の気持ちのところ。
そして「そうそうそう、ああ分かる、とても似ている、私もそう、ああここにも同じ思いで頑張ってる人が」と、勝手に同志を得た気持ちになって
慰められる。

たいていの方は、私より優しく、ずっと頑張ってらっしゃるけども……。
(しかし正直に告白すると、善意に満ちた記述よりスパイスの効いたものの方に魅力を感じるのは
なぜだろう……)

この場ではあまり頻繁には書かないけれど、
実は「ネタ帳」にはしっかり書き続けていて
ばらけないようにふったノンブルは今180ページ。ほぼ4年。

どちらにせよ書かずにはいられないわけです。

この「ネタ帳」から引っ張ってきて書くことで
「認知症じゃなくても(診断がおりなくても)
単なる(?)加齢性のボケだってこーーーんなことが起こるんですよ」と
こんなところを読みに来てくださった方に脅しをかけることにしようかなーーっっと。





3.4世紀の間、戦前まで、日本人の寿命は50歳だった
この30年の間に寿命が30年延びた
寿命50歳の時代は、働きづめに働いて
大家族に囲まれて隠居生活を何年か送って死んでいく
ボケを経験する前に。


あちこちで読みかじったことを要約すると
こういうことらしい。

現代の老齢者がはじめて直面する問題のなんという多さ、深刻さ。
孤独な生活、痴呆あるいは認知症、生活の貧窮……。
(社会的インフラは別として)自分でこれらに十分に備えられなかったとしても
前例がないのだから責められないのかも知れない。

若いときに誰も教えてくれなかったもんねえ。ねえ、へーちゃん…。

うちのへーちゃんなんか明らかに情報貧者。
老齢に達した人が何に気をつけて暮らしていかなければいけないか、なんて情報
摑まえて自分の実にする気なんかハナからさらさらなく
なんとかなるものよ、と若いときの多難を乗り越えたガッツで年を重ねたけど
実はなんともなっておらず
いや、息子夫婦がこうして面倒見てんだから
なんとかなってんのか。

でも垂れ流しですよ?
私のようなドライな嫁に世話焼かれて、ねえ。

30年前までと今では
「長生きしてね」の意味合いがだいぶ違うんではないんですかね、と思うんですよ…。
とさくっと書いてあとはお茶を濁そう…げふんげふん。

にしても50歳、かあ。
もう私、手が届きますわ……。え?私は長生きするつもりですとも。ほどほどにね。
(長生きっていうかーー……、死ぬ間際まで元気に遊びまわってたいナーー。)

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【2011/02/08 22:38】 | ’08.4.10以降
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